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理事長挨拶

道産子 丹保憲仁ブログも、あわせてご覧ください 

北海道立総合研究機構 理事長 丹保憲仁

 平成22年4月、地方独立行政法人北海道立総合研究機構(略称:道総研)は22の道立試験研究機関を統合して、スタートしました。
 道総研の使命は、明治期以来設置されてきた個々の試験研究機関が蓄積してきた歴史や資源、人材を最大限に生かして、複合的な試験研究、技術支援等を推進し、道内産業の高度化や経済活性化及び道民の暮らしの利便性等の向上を図るとともに、食糧問題や環境問題といった課題を見据え、未来に向けて夢のある北海道づくりに貢献することです。
 北海道では、他地域を上回る早さで人口減少と高齢化が進行し、地域経済の低迷や集落の維持が難しくなるなど様々な課題が顕在化しています。
 一方、長い時間軸でみると、北海道は食、住、森林のバランスが良く、教育環境が整った豊かな生活が可能な、アジアでも高い競争力、潜在力をもった地域です。2050年には、成長著しいアジアの多くの国々の人口もピークを迎え、食料や水、エネルギーなどがアジア全体で大きな問題となってきますが、この時北海道の価値はますます重要なものになっていくものと考えられます。
 われわれは、こうした未来を見据え、道民の英知を結集して「北海道の未来」へのデザインを描くとともに、産業技術と生活文化が自立的に展開していく独自のシステムを構築し、確かな足取りを一歩ずつ進めていくことが求められています。
 道総研は、未来に向かって、伝統的な官の仕組みを超えた業務運営のもと、新たな知見と技術の創出を図りながら幅広い産業分野にまたがる研究機関として総合力を発揮し、研究成果の地域への還元に積極的に取り組むとともに、大学、国などの研究機関、企業や金融機関などとの連携の環を広げ、知の融合と創成を図っていきます。
 道民の皆様のご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

2015年(平成27年)年頭にあたって道総研のみなさんに
 ~職員へのメッセージより~(平成27年1月5日)

あけましておめでとうございます。今年もみんな元気で力を合わせて、北海道のために働いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

北海道庁の各部に所属してそれぞれの分野での仕事に特化していた22の研究所を統合した総合研究機構が平成22年に発足して以来、道民のために力を合わせての仕事を進め、これまでの一期の5年をかけて一段ずつ着実に態勢を築いてきました。「少し広めに」「少し長い視点で」を合言葉に、1,150余人の所員は、お互いを知り、助け合って「総合研究機構」の文化を作り進めてくれた事を喜んでいます。

地方独立行政法人の一期は5年となっています。第一期はあと3か月を残すのみになりました。5年間の経験を土台に次の二期5年をどのように迎えるかを、10年先の第三期までをにらんで、総研本部と6研究本部の皆さんが連携して一年以上の月日をかけて議論し、「道総研における研究開発の基本構想」としてまとめてくれました。北海道の研究者自身が自分たちの向かう方向を総合的に描いて公にすることは、おそらく開道140年来の画期的なことと思います。人は様々な考えで日々の営みを送ります。最終的な望みは、地域に住む人々がそれぞれの価値観を損なうことなく、連綿と幸いに生き続けていくことであろうかと思います。この研究機構の最終の目的は、そのために必要な科学技術を、その地域・産業へ適用することを継続的に果たしていくことと考えています。

そこでまた、去年(2014年)の正月にお願いしたいことと同じことを重ねて申したく思います。それは、「その仕事は、人々(道民)の暮らしをどのくらい良く変えることに寄与したか」(社会に対するOutcome)「どのくらいという大きさは,あなたにとって、日々の人生をかけるに足るもので有りましたか」(貴方にたいするOutcome)を自問していただきたいということです。私は常日頃から、「努力は自分がするもの」「評価は他人が下すもの」と考えて、80年の人生のうち、物心ついてからの60年を恐る恐る過ごしてきました。自己評価と自問自答は違います。特に研究のリーダーとなる人々には、その課題が社会と研究員とその家族にとって、人生を費やす価値のあるものかどうかを、厳しく自問自答して仕事を進めていただきたいと思います。そのうえで評価を受けることになります。ずいぶんと、乱暴な評価があることも残念に思うことの一つですが、自問自答の上での「恐る恐る」の日々、そのうえでの「思い切っての飛び出し」は研究者にとっての基本動作であろうと思います。第2期に向かって、OUTCOMEを常に意識し重視する研究に全研究所が向かってほしいと念願しています。

今年も、あわてず、一歩一歩仕事を積み重ねて行きたいと思います。研究者にとって一番恐ろしいことは、能力のないことでも、金のないことでも、時間のないことでもなく、今研究している課題が本当に研究するに足る課題かどうかわからないことであろうと思います。何を研究するか(課題)を決めることが研究の最大の課題であることを常に念頭に置いて、日々勉強をする必要があります。特に中堅以上の研究者の最大の義務でしょう。

最後にもう一つ、人は自分の為を中心課題に生きていたのでは(何を目標にするのであれ)、結局は自滅してしまうのではないでしょうか。大学の教師として1,000人を超す多くの学生が還暦に至るまでの年月を、自らの傘寿に至るまでの60年くらいの成人時間と共に過ごしてきました。抜群の俊秀もいました、温厚篤実な福者もいました、自儘な学生もいました。しかし、30年~50年のスパンで見ると、人のために尽くし続けてきた人達が人間として一番幸せではなかったのかなと思っています。教師としてそれらの学生の定年に至るまでの軌跡を見ますと、到達した最終地位もさることながら、何を考えて何のために社会を誠実に生きてきたのかという道が輝いて見えます。理想に燃えても空回りして結局は自我を抜け切れず、典型的な小市民であることで命が尽きる人もいます。自我を抜け切れず、自滅した場合もありました。

人は何のために学び研鑽するのかと考えたことがあります。くだらない、老人の結論ですが「他人が幸いな時に、他の仲間が何か褒められたときに」心の底から「よかったね、おめでとう」といえることが出来る境地に至るためであったように思います。逆に、消えぬ嫉妬心、過剰な自尊心から人の活躍をうっとうしく思う心底には疲れを感じます。人の心は難しいものだと、まだ朽ちきれぬ老人は思っています。「自分らしく戦いたい」という若者の言葉は二つの岐路を先にもち、これからどう進むかの分かれる難しい言葉です。中身がわからずに言葉を発する幼い運動選手の30年先を温かく見守りたいと思います。

おそらくこの世紀の後半には、地球文明は大きく質と量を変えるでしょう。正義を定義してかかるのは危険に思います。犠牲なしに文明の転換は難しいでしょう。わずかに世界の中心を外れている北海道を,自律的に次の文明に移行させるのが次の道総研の最大の研究テーマになると思います。それがどのような形になるものか、新しい世代の研究員には歴史をしっかりと学んでもらい、夢物語でない近代の終焉と新しい時代の萌芽を自らの研鑽の上に獲得した科学技術の力量と歴史観で切開いてほしいと思います。小生がとっくに消え失せている、2050~2070年という年のころが一番難しいDecadeになりそうに思っています。ここ2~3年の新採用職員が理事、本部長、研究所長となっているように思います。そんなに遠い話ではありません。

とりあえず、現在の困難の突破のための科学技術の確立と、次いで歴史的な転換へのひそかな学習を今年はみんなで努力して始めたいと思います。

 

道総研の第一期の最終年を始めるに当たって
 ~職員へのメッセージより~(平成26年4月1日)

 北海道庁の各部に所属してそれぞれの分野での仕事に特化していた22の研究所を統合した総合研究機構が平成22年に発足して以来、道民のために力を合わせての仕事を進め、これまでの一期の4年をかけて一段ずつ着実に態勢を築いてきました。「少し広めに」「少し長い視点で」を合言葉に、1,100余人の所員は、お互いを知り、助け合って「総合研究機構」の文化を作り進めてくれた事を喜んでいます。

 地方独立行政法人の一期は5年となっています。第一期はあと1年を残すのみになりました。4年間の経験を土台に次の10年をどのように迎えるかを、道総研本部と6研究本部の皆さんが連携して一年以上の月日をかけて議論し、「道総研における研究開発の基本構想」としてまとめてくれました。北海道の研究者自身が自分たちの向かう方向を総合的に描いて公にすることは、おそらく開道以来の画期的なことと思います。

 平成264月から、第一期の最後の年が始まります。道知事から道議会の承認を受けた第二期の中期目標が年内に示されると思います。それを受けて、道総研は年度内に中期計画を提出し、計画の許可を得て、平成27年度から、第二期の活動を始めることになります。  

 第二期は、総合的に研究を進める能力を獲得してきた一期の成果を土台に、北海道が自立できる産業基盤を形成することを目標にして、総体として十分な意味を持つ仕事を厳選しながら力を結集することになるでしょう。世の中に無駄な努力はないと思いますが、その中で何を具体に事を行うかを、限りある人力と時間、資金と努力限界の制約下で冷徹に何を選び出すかが問われています。「基本構想」を立てることによって、集約された議論の上に先行きを見ることを始めましたが、構想を固定したものとせず、年々議論を加えてより価値ある活動を求めていきたいと思います。先人や自からが積み重ねてきた歴史を基礎に物事を進めることと、過去の慣性のうえに次の事柄を日常的に積み重ねることは違うと思います。その意味で、「道総研の基本構想(2014年)」は意味のあるマイルストーンであると思いますが、道はまだ先がずっとあるわけで、そこで止まっているわけにはいかないと思います。

 研究活動に意味のないものはありません。失敗すらも大きな財産です。努力した行為(input)には必ず成果(output)があります。第一期の仕事にたくさんの成果がありました。然し限定された時間と人で行う努力が、社会(北海道民)の必要の枢要な部分に確かに及んでいるかということの吟味が十分であったかどうか、二期目の研究課題の選定に当たってはさらなる努力の必要がありそうです。研究遂行にあたって、時間がない、金がない、道具がないというのは普通のことで、研究者にとって一番の困難は行う研究が本当に価値のあるものかどうかが解らないことにあると思います。研究者は、自分の行っていることが客観的(相対的)にどの程度の意味のあることかを知りつくしたうえで、研究を進めることは難しいのが普通です。だからと言って、簡単に成果の出るような研究ばかりでは、世の役にほとんど立たないことを研究者自身がすぐに悟ることになります。それ故に、研究課題をより適切なものとして設定することに事前にそそぐべき努力が重要です。研究に投入する人力、時間と資金に対して、なすべき研究を選び出す段階に投ずる努力が少なすぎると思うことがしばしばです。課題が適切に(絶対はあり得ませんが)設定されれば、成果は失敗であれ成功であれ価値を持つものになるでしょう。

 研究所長、企画調整部長。研究部長、主幹などの科学・技術・社会経験を積んだ研究幹部の役割が重要になってきます。研究幹部が、何が出来るかという視点のみで研究をリードすると、その組織は年月を経ずして不能になってきます。何が必要で、その課題についてどのような成果が社会から求められていて、その達成にはどのような手順とどのような人と金の投入が必要かということが、研究開始に先立って研究リーダーとなる人々が考え切るべき課題です。またいつまでに何を目指すかという時間感覚も、自然相手の時間スケールの長い課題を持つことの多い我々の研究機構ではきわめて重要であり、一般の理解とはかえって逆のように思います。上位のリーダーほど、研究者としての長い蓄積に基づいた、総合的な判断と説得性のある指導力の発揮が期待されます。現代のような計測技術が日進月歩の時代、最先端の研究技術を持つ多くの若手が研究所で育ってくるはずです。何を学ぶか、また何を新たに学び加えるかを若手に示すためには、研究所幹部の日々の研鑽と総合的な新知見の獲得が重要であろうと思います。

 詳細のことは措くとしても、21世紀の現代における科学技術展開の主体は、大小を問わず明確な目的を持ったシステムの構築にあると思います。要素技術の発見発明は1920世紀にその大方が成し遂げられました。科学技術のパラダイムとして個々の学問体系は20世紀までにおおかた構築されてきました。近代の高等教育機関の学部学科システムはそれを実用すべく造られた最も普編的な近代の縦割りの技術体系とその要素科学の習得手段です。現代にいたるまでこのシステムは問題をはらみながらも代替手段がうまく構成できず継続し、道総研のほとんど全部の研究者もその流れの上で基本的な個々のパラダイム訓練を受けて人となってきました。20世紀に人類が獲得した最大の科学概念は「システム」であり、20世紀までに獲得した人類の科学の基礎知識を21世紀の人類はシステム的に地球上にあまねく展開していくことに、活動の基軸を置くことになっているように思います。

 我々の研究機構でも、パラダイムとして獲得された19~20世紀科学技術を、さらに上位の明確な目標に結合させて、過飽和に近づいている地球人類が過去にない環境条件(過飽和/大競合)の下でも静穏に暮らしていくため(Sustainableは最小限の目的と思います)に、適切なパラダイムの組み合わせの上に、具体的に活動していかねばならないと思います。活動最前線にいる中堅の研究者には、自らの持つパラダイムの複線化を直ちに心がけてほしいと思いますし、若手には学んだパラダイムを実用レベルで活用しその有用性と不十分性を実感してほしいと思います。研究リーダーには複数のパラダイムがどのように組み合わさってことが進行していくかを、新たに学び進めてほしいと思います。概論でもいいと思います、異なるパラダイムの学問を(学問分野と考えてもよい)、学部課程の入門レベルの基礎テキストに戻って学んでみてください。様々な分野の熟達の士が、もう一つか二つのパラダイムの初歩を学ぶことによって、その研究機構の未来への展開は望みに満ちたものになると思います。

 道総研の第二期の展開を、研究リーダーの方々の括目した新学習の成果に求めたいものと期待しています。第一期では「少し広く」「少し長めに」「力を合わせて」をみんなで努力していただき、新生総合研究機構の姿がだんだんに固まってきました。第二期はリーダーシップ確立の展開を、研究指導者の率先的な新学習に求め、中堅がそれに続き研究の活動を誰が見ても自律的に展開できる組織であると、道民から信頼される様になりたいと思います。そのことによって、英気あふれた新人が道総研を目指して加入してきて、大学で習ったそれぞれのパラダイムを基礎に、さらに新たなパラダイムを獲得し、リーダーとして新時代を開くための活動を活発に進められる研究者となり、ついには複合パラダイムを持った重鎮に育って研究機構を運用していっていただけるように成るものと願っています。

 小生もこのような夢を持って、老骨にムチ打って第2任期をお引き受けすることにいたしました。今81歳ですから、生きて働いていければ85歳までということになります。各研究所に優れたリーダーが次々と現れてくることを夢見ています。研究リーダーの皆さんと、マルチパラダイムリーダー、新時代のシステム創生者の出現に向けて一緒に努力したいものと思います。

2014年(平成26年)年頭にあたって道総研のみなさんに
 ~職員へのメッセージより~(平成26年1月6日)

 あけましておめでとうございます。
 旧年は、皆さんがそれぞれのところで、北海道のために知恵を絞り、汗を流して研究開発とその普及に尽力してくださったことに、お礼を申し上げます。
 
 今年は、道総研発足4年目を迎えており、第一期の成果をまとめ上げて次に備える年になると思います。発足に際して理事長に就任した折に、「少しでも広めに」「少し長めに」視野と努力を重ね、「皆で力を合わせて」総合的に物事を進めていきたいものとお願いしたことは、ずいぶんと進んだように思います。総合研究機構としての研究成果(Output)が活発に動き出したことをうれしく思っています。ありがとうございました。

 それでまた、次にお願いしたいことを重ねて申したく思います。それは、「その仕事は、人々(道民)の暮らしをどのくらい良く変えることに寄与したか」(社会に対するOutcome)「どのくらいという大きさは,あなたにとって、日々の人生をかけるに足るもので有りましたか」(貴方にたいするOutcome)を自問していただきたいということです。私は常日頃から、「努力は自分がするもの」「評価は他人が下すもの」と考えて、80年の人生の物心ついてからの60年を恐る恐る過ごしてきました。自己評価と自問自答は違います。特に研究のリーダーとなる人々には、その課題が社会と研究員とその家族にとって、研究者人生を費やす価値のあるものかどうかを、厳しく自問自答して仕事を進めていただきたいと思います。そのうえで評価を受けることになります。ずいぶんと、乱暴な評価があることも残念に思うことの一つですが、自問自答の上での「恐る恐る」あるいは「思い切っての飛び出し」は研究者にとってのジャンプ台のカンテと踏切台での基本動作であろうと思います。第2期に向かって、OUTCOMEを意識し重視する研究に全研究所が向かってほしいと念願しています。

 今年も、あわてず、一歩一歩仕事を積み重ねて行きたいと思います。研究者にとって一番恐ろしいことは、能力のないことでも、金のないことでも、時間のないことでもなく、今研究している課題が本当に研究するに足る課題かどうかわからないことであろうと思います。それでも何を研究するか(課題)を決めることが研究の最大の課題であることを常に念頭に置いて、日々勉強をする必要があります。特に中堅以上の研究者の最大の義務でしょう。

 今年も元気に、急がず、休まず、肩の力を抜いて、よいしょ、よいしょ、とやりましょう。

平成25年を終えるにあたって~職員へのメッセージより~(平成25年12月27日)

 平成25年(2013年)の仕事も今日で終わりになります。道総研4年目の大事な年を、みなさんが力を合わせて、道民の今日から未来の日々に向かって役に立ち続けるための科学技術の研究/開発/普及のための努力をして頂きました。22の研究所が並列していた時代を超えて、総合的/立体的に様々な仕事が動き出したことを心強く感じています。個々の研究の課題を自ら努力して選び出し、仲間と力を合わせて遂行していくことを日ごろから行なうという、価値基準を常に念頭に置いて研究のアウトプットが多くの研究所でできるようになりました。総合研究機構進化の第一段階が進んだと実感しています。ご努力有難うございました。

 来る年は、研究成果が社会にどのように受け入れられ、北海道がどのように文明度を上げていくかを考える、戦略的思考・アウトカムをいつも意識の中において仕事を進める実力ある総合研究機構の第二段階を目指したいものと思います。
 お正月休みをしっかりと休んで、次に備えてください。生物を扱い休暇を取りがたい現場の皆さんのご苦労を感謝します。

平成25年度が始まるにあたって、道総研の諸兄姉に
 ~職員へのメッセージより~(平成25年4月1日)

 地方独立法人北海道立総合研究機構が発足して、4年目の年度が始まります。独法の仕組みは5年を一期として、組織が運用されます。

 道総研は3年前に道立の理系の22の試験研究機関を統合して発足しました。2-3年の準備期間を経ての事です。百年を超える歴史を持つ研究所もあれば、時代に応じて次々と作られた試験機関もあり、対応する局面の広狭・精粗も様々であり、技術・研究者集団としての錬度も士気もそれぞれでした。

 この3年間は、総合研究機構としての創成期・立上期であり、1,200人の機構職員が未来の北海道のための総合的科学技術研究集団の形成のために力を合わせて働いてくれました。違う伝統や技術の分野で働いてきた諸研究機関が一夜にして総合性を持った組織に成る事は難しい事です。然しながら、私が理事長就任の折にお願いした、北海道の未来のために「少しでも広く」「少しでも深く」「みんなで力を合わせ」「急がずされど休まず(Haste Not 、Rest Not)」という努力を重ねて頂きました。おかげさまで、この3年間に、総合性を持った研究機関を創成したいという当初の望みに、着実で明るい進展が見られたことはうれしい事です。

 理事長として、創成期の3年を共に働き続けていただいた機構の皆様に敬意をこめて感謝の意を捧げたいと思います。また格別なご支援をいただいた、知事はじめ北海道庁の諸部局の皆様に御礼を申し上げたいと思います。

 第4年目になる平成25年度は、第1期中期計画5年の実質の仕上げの年であり、最終の26年度を第2期への準備の年と考えなくては、地方独立行政法人を継続的に充実発展させていくタイムテーブルは作れないと思います。北海道唯一の公設の総合研究機関として、目先の事を超えた視野と時間感覚で仕事を展開していくことが本質的に必要であろうと考えます。一昨年から、第2期中期計画をも視野の隅において、道総研が近未来の研究を進めていくに際して必要と思われる事柄の流れを、道総研本部・研究本部の研究企画集団の共同作業として、「道立総合研究機構基本構想」なる研究計画素案を検討してもらい、わが姿の「現在の有り様・あり得る近未来」を見つくろう作業を進めてきました。

 一方私は、外部からやってきて3年前にこの仲間に加わった理事長として、道総研の研究者集団を構成する諸研究所の個々人・研究グループの考え方・力量を自身の目と耳で確かな形で知りたいと考え、さらにまた60年弱の時間を研究者として働いてきた人間として、何かの経験を個々の研究者に伝える事が出来れば望外の幸いとも考えて、ほとんどの研究所を訪ねて回りました。ほとんどの研究員・研究グループと直接に話が出来て「道立総合研究機構の基本構想」の具体の展開を考える上で大きな財産を得る事が出来ました。畜産試験場と林産試験場の訪問は新年度に残りました。
 概括的な印象・理解を、誤解を恐れずに言うならば「ほとんどの研究員・研究グループは立派な仕事をしている」「少し広目に/縦割りを超えて/諸分野力を合わせてという、理事長着任にあたってお願いした総合研究機構の有りようは随分浸透し定着しつつある」という事です。特に長い伝統を持つ諸研究機関の広領域化・総合的視点への取り組みに傾聴すべき多くの展開がありました。
 ただ、「いい仕事をしているのに、もう一段の突っ込みがあれば全く違った展開が有りそうなのに、そこに気付いて居ない」「いくつかの研究グループは研究展開の総合的な視座に少し欠けるのではないかといった憾みのあること」にも気付きました。また、「努力は自分がするもので、評価は他人がするものである(自分がするのは自己点検で、評価ではない)ことが自覚されていないこと」が気になる場合が時としてあったことです。
 これらのほとんどは、研究主幹・研究部長などの指導力量の一段の向上・視野拡大によって短時間で解消される事であり、研究所の所長・部長の方々の指導力の一層の発揮に期待したいと思います。

 管理機構の運用について、出来るだけ簡素に迅速に日常の業務を運ぶことの努力を第1期の経験をもとに、次の展開のために準備し始めていきたいと思います。
 「書類をなるべく少なく」「ハンコの数は起案者・チェッカー・最終権限者の3つを目指す」「形式的な点検評価を最小限にして、研究責任者の適切な自己点検と研究所長・本部長自筆の評価書と理事会評価」「事務に関しては、Haste Not, Rest Not(急がずされど休まず)ではなく、適切迅速に処理するルールを考える」「法人でなら可能かもしれない専門性の高いスタッフを外部から招く」といったことも考えてみてほしいと思います。

 今年は,第一期の実質の仕上げの年になります。
 今までの3年間の努力は,プロセス向上についての努力でした。立派な進展であったと思います。しかし、第4年目は「それがどこに行くのか」研究の目的・成果の出口をしっかりと意識して事に処す段階に進みたいと思います。個人の力を組織としてどう結集できるかを固める年と思います。研究の「Out put」だけでなく「Out come」をどのように求めるかまで来て、始めて「総合研究機構」は態を成すと思います。「単なる付加価値の獲得でなく、科学技術の基本に根ざして、明日の北海道を作る基盤を固める」ことが出来るでしょう。道内最大の『科学技術研究集団』の一つとして、税金で働く公設研究機構の構成員として、『文明の基本価値の獲得と洗練』に力を傾注して、多様な社会・産業活動の土台を固めたいと思っています。健康に留意して、今年も「Haste Not、 Rest Not」で歩み続けましょう。『各員の奮励努力に期待します』

北海道立総合研究機構の第3年目が終わりました(平成25年3月29日)

 平成22年4月に22の道立試験研究機関を統合し、地方独立行政法人として発足して3年が経ちました。独法の仕組みとして一期5年を区切りとして、組織が運用されます。第一期の3年が終わったことによって、「道総研」の姿を自らの努力でどのような形と中身に作りつつあるかが言い訳無しに評価されることになります。第4年目は第1期の実質の仕上げの年となるでしょう。第一期最終年の第5年は、仕上げというよりは第2期目への準備作動の開始年として、さらなる10年を見越しての組織を挙げての新たな努力を求められる年になるでしょう。様々な希望と努力については、年度の改まった4月にまた理事長所感として道民・道役職員・機構役職員の皆様に聴いて頂きたいと思っています。

 今日は、第1期3年の道総研創成期を共に努力した、69人の仲間が定年・退職で組織を去ります。58人の人が道庁に戻ります。長い人は道総研設立準備室から5年にわたり道総研創立のために働いて戴きました。昨年までにすでに去った人たちと共に創成期をになった1期生です。道立の試験研究機関に働いていた1,000人を超える研究員・技術者・船員の方々が、創立の準備から始まり今日まで、3年の日々を、縦割りの専門性を超えて,北海道の未来のために「少しでも広く」「少しでも深く」と力を合わせて、総合研究機構の新基軸の構築に日々の努力をしてくれました。これから長い歴史を刻む北海道の科学技術研究機構の、創成メンバーとしての日々の努力はこれからも消えることがなく受け繋がれて、新展開を重ねていくでしょう。

 理事長として、創成期の3年を共に働き続けた機構の皆さんに敬意を込めて感謝の意を捧げたいとおもいます。有り難うございました。これからも,「急がず」「休まず」 ( ”Haste Not, Rest Not“)を道総研のモットーとして歩み続けたいものと思います。

 第1期の立ち上がりの3年間に、道総研未来を担う新任研究員43名が創成期の戦力に加わりました。任期付研究員、新船員の加入をも加えて新しい血が組織を若返らせてくれ、50年先の未来を窺がうことも夢でなくなるでしょう。しがらみのない若い血に期待したいと思います。道総研の本当の一期生になってください。

 第1期の立ち上がり3年間、設置者の道知事・副知事・部局の皆様から、諸事多端な中を押して、暖かいご支援とご鞭撻をいただいてきました。また道民の皆様・現場の産業界の皆様・市町村の皆様から様々なご支援とご意見をいただいて、努力を続けることができました。また道議会の様々な会派の方からご支援を頂き、研究機構にまでお運びいただいて活動を見ていただき有難う御座いました。諸大学・国の諸機関・諸金融機関と連携活動を進めさせていただきご支援をいただきました。札幌市はじめ道内諸都市や様々な報道機関との連携をさらに進めることができれば幸いと思っています。

 単なる付加価値の獲得でなく、道内最大の『技術研究集団』として、税金で働く公設研究機構として、『文明の基本価値の獲得と洗練』に力を傾注して、多様な社会・産業活動の土台を固めたいと思っています。

2013年(平成25年)新年のあいさつ~職員へのメッセージより~(平成25年1月7日)

 明けましておめでとう御座います。
 様々な混乱/困難が世界各地に次々とおこってきています。わが国でも再度の政権交代があり、国の債務は1000兆円にも達し、戦後の日本の大成長を支えた諸産業が競争力を失いかけ、国境に太平洋戦争後初めて自力で処理すべき緊張が走っています。民主主義とポピュリズムを混同した言動や動きが目につくこの頃のように思います。
 様々な事象は、1)科学技術を核に据えて、近代国家(Nation States)を基本構造として植民地を持って競い合い拡大成長を図り、世界に覇を唱えようとした近代前期が第2次大戦(ヨーロッパ戦争/太平洋戦争)で終焉し、2)植民地が次々と独立し、学習可能(まねることが可能な)な近代科学・技術を習得し(まね)た産業活動の発展途上国への転移が始まり、3)18世紀から20世紀前半まで、英国/西欧諸国が見せた近代文明の消費/生産の拡大モードが、途上国(かっての植民地あるいは抑圧された地域)に移りその大人口(世界の3/4も占める)が近代の成長をなぞり、その結果地球の大きさが全人類の活動度を受け入れ難くなってきて、環境制御の時代(Environmental Restriction)が始まりました。近代後期と考えられる時代です。4)エネルギー/水問題が食糧の問題につながり、過剰人口処理/資源大消費禁止に続き、循環に資するエネルギーさえ限定される状況に直面して循環型社会も抑制的にしか存在できなくなりましょう。自然生態系との共生、人類の様々な活動の抑制的共生が次の100年を生きていくわれわれの基本方略に成るでしょう。共生の時代は、従来型の量的成長を止めて様々な地球上の生命活動に道を少しずつ譲りながら、基本的な価値を絶えず再生しながら人類がより健康に生きていく文明を求めることになるのでしょう。人類活動の過剰削減まで考えるという意味では、共死まで考える共生の時代でもあります。今言う処の持続可能(Sustainable)文明はまだ覚悟ができていない、近代の殻を尻に付けた言葉かもしれません 。近代の次に来る後近代社会(Post Modern Civilization:共生の時代)で、共生/共死まで考えた人類活動を考えなければならないでしょう。
 長々と事柄を述べてきましたが、公設研究所としての道総研の皆様に考えていただきたいのは、文明が次の共生の時代に向かっているときに、1)どのような研究が次の時代に人類が渡っていくための基本価値を作る研究でありうるかという事を常に考えていただきたいことです。経済学で「限界効用逓減の法則」というのを学んだ方も多いとと思います。基礎的な問題を処理していく科学技術/産業の初期段階では、投入した努力に対して得られる効果は大きいのですが、事柄が普及展開していくと投入した努力に対して得られる成果が次第に少なくなってきて、努力が次第に効果に結び付かなくなることです。2)研究に意味のない課題はないと思います。然しながら、適切と思う課題を見出すことができれば、研究という仕事の半ばができたことと同然かもしれません。研究のための努力や時間や資金が不十分な事は個人/社会を問わず普通の事で、一番難しいのが今行っている研究がはたして努力を傾倒する価値があるかどうか判らない不安です。現役を去って初めて評価されたり、時代を超えて否定されたりするかもしれないのです。「努力は自らがするもの、評価は他人がするもの」、であろうと思います。自分でできるのは、自己点検にしか過ぎないと思います。それでも研究課題の選定には、先輩の残したものをよく学び、仲間との討議を十分に行い、その上で自分が信ずる道があればその道を進む努力をするべきと思います。研究には大道はありません、しかし夜郎自大は最悪の研究者です。
 「今年は、自らの行ってきた研究課題を、もう一度一段高い視点で見直して頂けると幸いです。」「研究グループの課題の見直しを次の展開のために組織を挙げて討議してください。」「研究の求める基本価値がなんであるかを認識してください。単なる付加価値の習得に大切な人と時間と金を使わないでください」
 世界が狭くなって、諸々の事が競合して、人類社会の崩壊を迎えることなく次の時代に遷移していくのが容易でない国/地域も少なくありません。まだ、近代成長を追うことに精いっぱいで次の時代を考えることの難しい途上型の大国もあります。北海道は、世界の最先進国となった日本の中で、基本的な努力を怠らなければ、次の文明へ円滑に遷移していく恵まれた位置にあると思います。理念過剰でなく、新しい実務的な理解の下に具体の提案を行い、一歩一歩と技術と施策を積み上げて、食糧/エネルギー/水の日本の宝庫となる地位を築きたいものと思います。スケジューリングされた基本技術の逐次の開発を道総研は進めていきたいものです。流氷と隣接する寒冷な北の大地を、上質の米の最大生産地にまで作りあげてきた先輩の努力を省みても、目標を確かにもった継続した基礎的な研究の価値の意味が理解できると思います。(そこでも、過去にルイセンコ学説/ミチューリン農法などの論争が持ち込まれ、思想的混乱があったことを当時部外者であった小生にも強い記憶として残っています。)目先の課題に惑わされない自制が求められます。

『道総研』について、2013年の初めに(平成25年1月4日)

 「北海道立総合研究機構」は、北海道立の22の研究機関を一つにまとめて平成22年に誕生した、北海道の総合的な研究機関です。地方独立行政法人という公的研究機関として活動しています。通称を『道総研』とつづめて表記しています。
 北海道経済の高度化や活性化を図り、道民の暮らしの安全と安定性の確保と利便性の向上を図り、夢と力のある北方圏文明の確立に寄与したいと、歴史ある研究所群を統合して平成22年4月1日に発足しました。農業・水産・林業・工業・食品加工・建築・環境・地質といった各領域の研究所に約1200人の職員がおり、800人の研究職員、研究支援職員(3隻の調査船船員を含む)と事務職員ほぼ200人ずつが、日々働いています。
 道総研を構成する幾つかの研究所の起源は明治初年の北海道開拓使の試験場群に始まり、日本がアメリカ経由で西欧近代文明の基盤構造を導入する過程で、札幌農学校(北海道大学)と並んで大きな働きをしました。後に国直轄の内務省北海道庁の研究所群として充実の歴史を刻んできましたが、戦後に都道府県が地方自治体となる際に北海道に直結する大部分が道立研究機関となり、一部国の各省庁に移った機能と分離して、今日に至っています。農業試験場、水産試験場などがその代表です。
 このように明治期から蓄積してきた100年を超える膨大な近代科学技術の観測と研究の歴史的成果の蓄積と、連綿と続く研究の伝統をもつ道総研は、日本全体で見ても傑出した科学技術の研究集団です。北海道という西欧の中規模国家にも匹敵する域圏を持ち、日本国の中でも明確な地域特性を示す、積雪寒冷の涼冷な気候区を持つ広大な地域に、特徴的な伝統を持つ文化文明を育んできた北海道の総力を結集できる、横断的に分野を包括する総合的科学技術研究機関が、日本でも希に見る大きさで動き出したことの意義は大きいと思います。明治の初め黒田清隆が始動した北海道開拓から約一世紀半、戦後の混乱期を経て、道州制が事実上存在可能な北海道で再び、このような総合研究機構が動き出したことの意味を大切に考えたいと思います。
 日本は世界に先駆けて、国民の高齢化と人口減少が始まっています。近代の大成長の結果世界人口は70億人に達し、未だ増える勢いにあります。しかしながら、大成長を続けているアジア諸国でさえも2050年頃までにはすべて高齢化社会に突入し人口減少が始まると予想されています。地球の大きさの限界にぶち当たって、近代成長社会はもうそんなに長くはつづかないようです。その中でも、北海道は他地域を上回る早さで高齢化と人口減少が始まっており、経済の低迷や集落の維持が困難になる地域が早くも出現するなど、近代成長期には無かった様々な困難に出会っています。しかしながら、長い時間軸で見るならば、北海道は土地と水資源に恵まれ、当面のエネルギー供給の困難を抱えているとしても、バランスの良い食、住、自然を持っており、教育・研究に努力を傾注すれば、適度の人口密度を保持してアジアでは高度の文明度・経済力を持続的に発揮できる地域です。
 北海道の再生可能エネルギーの潜在埋蔵量は大きく、石炭ベースのエネルギー基盤を失った現在から、新しい科学技術の開発と新技術の地域展開に努力を傾注して行くならば、再び充分な質と量のエネルギー供給を今世紀の半ばには獲得できるように思います。軽水炉型のU235を燃やす原子炉も石油/天然ガスによる熱/電気エネルギーの大量供給も化石エネルギー/ウランU235資源の枯渇で100年は持ちません。そこに至る間に経時的にその段階に応じたエネルギー・ベストミックスの階段を着実に登り、エネルギー生産/分配の効率化と、利用の際のエネルギー種選択と省エネルギー技術の革新的な構築を広領域で成し遂げ、再生可能エネルギー主体に生きていかねばならないであろう22世紀の共生社会に到達したいものです。エネルギー転換という文明の基盤に関わる問題を、人類の生存に関わる最も基本的な広領域の課題と捉えて、文明の基本を再構築するための努力と忍耐を続けられるかが問われていると思います。近代社会の易々とした生き方を多少顧みる程度や、単に脱原発を願うくらいのことで、再生可能エネルギー主体で生きていかねばならない近代の次の時代の共生の文明(後近代社会、Post Modern Civilization)に行き着けるとは思えません。
 日々の生活の形をしっかりと見直して、住環境、資源利用、教育、食文化、健康福祉、家族・社会構造、経済構造、安全保障などなどを広領域に考えて、半世紀以上の継続的な新文明への努力が、新科学技術展開の全過程を通じて、無駄のない生産技術や消費システムの構築/運用に配慮しながら続けられる必要があります。現代のあくなき欲望を顧みることなく易きに安住するポピュリズムでは、この構造的な危機を乗り切ることは不可能であり、国民の将来を危うくする元と思わざるを得ない心境です。無駄を省く事を常に施策の中心におきながら、新しい課題に立ち向かい、次代の仕組みを着実につくり上げていくのでなければ、新文明への展開の途中で社会は崩壊するでしょう。
 全アジアにわたって食料・水や、エネルギー供給不足が大きな問題になってくると思いますが、その時に北海道の恵まれた自然と適度な人口密度の下で、しっかりとした教育・研究と福祉の体制を整えておけば、北海道は量的成長をひたすら求めた近代の次に来る成熟社会(後近代社会:共生社会)の高価値地域に、極端な困難無しに展開できるでしょう。
 こうした未来を求めて、長期的な視点のもとに英知を結集して『北海道の未来』を描き、産業技術と生活文化を未来志向的に構築する絶えざる努力を続けることが、道総研を始め北海道の大学/研究機関/指導的団体に必要になります。道総研は各分野の専門を融合的に運用して、持続的な努力を長い時間軸で考えることが出来る公設研究機関の特徴を大切に使っていきたいと思います。地に着いた地域の課題に目を配り、問題の本質を摘出し、日々の研究成果を地域に還元して道民の日常の求めに応え、未来への展開の足がかりを築き、新たな知見と技術の創出を図りながら、自らの学問の水準と活力を高め続けていきたいと思います。北海道の行政や市町村の必要と活動に連動し、大学・国の研究機関、様々な企業・業界・NPO、金融機関とも連係を密にし、様々な事柄を学ばせて頂き、北海道民の負託に応える努力を怠らぬようにしたいと思います。道総研は北海道の公的研究機関ですがその大きさと活動している分野の広さからして、北海道民の為の狭義な活動に自らを閉じ込めてはいけないと思います。『道総研』は、北海道が誇る日本有数の総合研究機構であることを忘れず、北方文明圏からの科学技術の発信源であり、日本の北に位置する創成的研究の巨人でありたいと思います。
 道民をはじめとする日本国民、世界の人々のご支援と御鞭撻をお願いして、混沌とした近代末期の世界において科学技術を実学的に展開するパイオニアーになる努力を今年も続けたいと思います。

 理事長 工学博士 丹保憲仁

2012年の仕事を閉じるにあたって~職員へのメッセージより~(平成24年12月28日)

 道総研3年目の2012年(平成24年)が終わりました。この一年間も北海道の人々のために日々研究と成果の展開に励んでいただきありがとうございました。
 平成22年道総研が発足して以来、3年がたちました。新しい総合研究機構の立ち上げに皆が力を合わせてようやく新組織が動き始めたように思います。
 この春から、研究員の皆様と研究グループごとに、研究の展開と個々人の仕事をうかがう事を続けてきました。90グループの2/3ほどの5百数10人の方と意見を直接に交わすことができ、現況を確認し進む方向を広く討議できました。お尋ねした研究グループについては、立派にやっていることを知りうれしいことでした。二三の点についてさらに深い、あるいは体系的な検討をお願いした場合もあります。本部のある札幌団地と、道東の一部がまだ残っています。残っている研究グループからも、着実な成果と明快な未来展望を聞けたら幸いと思っています。
 来年は、ようやく立ち上がってきた機構を、次のステージにどのように展開して着実に運用できるかを考えて仕事を進めたいと思います。現状認識から未来展開へと活動を進めていきたいと思っています。
 とくに本部機構では、知見と経験を蓄積する確かなシステムを工夫してほしいと思っています。
 世界は、近代成長型から順次成熟型の近代の次の文明(後近代:共生の時代)に遷移していく苦しみを多くの地域/場面で経験し始めているように思います。19世紀の日本、17世紀のヨーロッパで近代化の始まった時代の逆投影かもしれないと思っています。歴史の転換期を歩いているという自覚を持つことは容易なことではないようです。眼を薄く閉じて雑音を省いて、事柄の根幹をすかしてみることの出来る静かな正月であればと思います。
 元気に新年をお迎えください。

道総研の第3年度(平成24年度)を迎えての所感~職員訓示より~(平成24年4月2日)

はじめに

 北海道立総合研究機構は創立3年目の新年度を迎えました。2年前の春、準備段階から新法人の設立のためにさまざまな議論を交わしてきた人々の決意/期待、そしていささかの不安も含めて発足したのがつい一昨日のことのように思われます。この春、多くの研究本部長、場長はじめ30数年以上にわたり、北海道立の諸研究所/試験場以来、孜々として専門の研究に励んでこられたリーダーの方々が、現役を去られました。最後の2年を、北海道民のための研究組織を更に大きく総合的なものに高める重要な一歩を、自らの手で作り出す要として最後の努力を傾倒して頂きました。また、地方独立行政法人の創設に関わり、さまざまな基軸を工夫してくれた道からの派遣職員が、道総研で重ねた努力と新たな知識や経験を評価されて道の枢要なポストに戻っていきました。
 第3年度はこれらの仕事を引き継いで、本格的に道総研の機構としての文化を創り上げていく最初の年になるでしょう。100年を超える伝統を持つ研究所をいくつも持ち、1,200名になんなんとする職員を持つ日本最大の地方独立行政法人である道総研の、平成24年春に始まる次の2年が、その後の歴史展開に大きく影響するでしょう。発足にあたって理事長としてお願いした、今までの研鑽の先に『少し長めに』『少し広めに』ものを見て事を処していくことから道総研の活動を始めるということが、社会の確かな力となることの意味を組織として理解され始めたことを嬉しく思っています。成果を見せつつある創設期の努力が、過去の積み重ねの消費に終わらないように、個々の成果の積み重ねのヒエラルキーをもう一段高めて、総合力の発揮に向け、基礎から確実に立ち上げる作業を休まずに進めたいと思います。
 この2年間を振り返って、高橋はるみ知事はじめ道の諸機関の日々のご支援とご厚意に感謝すると共に、道議会議員の皆様が道総研に寄せてくださったご理解/ご示唆、そしてしばしば訪れて頂いてのご激励/ご要望/ご鞭撻によって力を頂いたことを改めて有り難く御礼申し上げます。道総研として、従来の広報を超えた細やかな道民一般との交流、さまざまな情報メディアとの交流が未だ十分でなく、道総研の道民による利用、その際の基礎情報としての諸研究所の日常活動や日々の研究成果の伝達に自らの工夫が必要であることから、今年度は、より柔らかく広くした形で具体的に展開出来たらと思っています。

平成23年度を顧みて

 中期計画5年の第2年次である昨年度は、立ち上げの初年度であった平成22年度が新たな組織作りに着手した年であったのに対し、長い歴史を持つそれぞれの分野の道立試験場から新しい「総合研究機構」の一員としての研究所へと組織/運用の転換を工夫しながら、日常の試験研究を滞りなく展開する努力が続けられた、継続的努力と新たな工夫の年でした。人の顔かたちが違うように、事柄に対応する仕方も分野でさまざまです。しかしながら、個々の差は有るとしても、個々の力量や努力を重ねる研究に加えて、研究システムのヒエラルキーを一段、二段と上げることの基本的な意味とその価値を創り出す意義が職員に次第に理解され、日常の研究に反映されるようになったと言うのが、2年目を終えての実感です。道庁、振興局、市町村、諸団体との交流も諸機関のご厚意と各研究所の努力で道時代と変わらず積極的に展開でき、道総研が何者であるか、その存在価値がいかような物で有るかも次第に社会に理解されはじめ、諸情報メディアも道総研の存在を認めて頂けるようになりました。
 道総研の日々は、創立時の第1期中期計画に則り作られた年度計画に定めた諸活動が着実に進行し、財政面での支援も計画どおりいただき、よりアンビシャスな未来への議論も出来るようになって来ました。
そこで、平成23年度を振り返って、進めて来た取り組みを要約して見ようと思います。 

  • 総合力の発揮

 名実共に「総合研究機構」になるための努力を開始しました。各専門分野の伝統ある研究はその専門性を更に磨くと共に、その基礎的力量の上に総合力の発揮に向けたシステム・ヒエラルキーを1段1段と上げることが道総研発足の際の基本的要請事項です。近代(前期)の縦割型科学技術/行政から環境の時代(近代後期)を生き抜くための横断型を高めた総合的科学技術/行政の追求です。5年を目途に始まった、「戦略研究」は、道総研の総合的研究推進の要となる研究の第一です。複数の研究本部が連携して遂行する研究課題で、『食産業活性化』『北海道農林業の構築』『持続可能な地域の形成』といった事項について、「地球環境の変化」、「近代文明の転換」、「環境保全と資源の持続的活用」と言った複雑な長期課題に対応して、北海道の近未来を開くために不可欠な総合的知見/対処能力を獲得しようとして学ぶ課題です。1課題2,000万円5年間といった特別な枠組みを知事から頂いて、道総研の核となる「人と技術/学問の融合的進化」のために、多くの研究員がさまざまな研究所から出会って、分野の専門性を超えたところで、未来の北海道を支える学術/技術/産業のために働き始めました。分野で磨いた剣を、束ねて実用する多用途マシンの設計が可能になってくるでしょう。「少し広めに」「少し長めに」課題を捉え研究を進めることを、道総研発足に際して研究所の皆さんに求めました。2年が経ちました。「長めに、広めに」伸ばした手足が何かに触れませんでしたでしょうか。触れた物をさらに仲間の一つと認識して自分の中に取り込み、次の研究/学びをより広く確かな物にしていきたいと思います。これから更に3年努力して、一期5年が過ぎた時にどのような核となる新技術/手法/思考が総合力を高めた活動の成果として立ち現れるか、期待を込めて待ちたいと思います。
 また、循環利用促進税を財源に、有能な任期付き研究員も採用して環境改善/資源利用保全型の分野を横断した実務的な総合研究を行う環境利用促進特定研究課題3題を始めるとともに、更に若干の緊要な課題を検討中です。
 さらに研究分野横断的な課題で、個々の組織を超えて新研究の展開を図る機構の公的仕組みとして、「研究会」が道総研発足の折、特に措置された研修費の一部を充当して発足しています。防災、ローカルエネルギー、集落活性化、コンブ、RS・GIS、対流オゾン植物影響などの研究会が数十名のメンバーで発足し、将来の本格的研究課題設定に向けた検討を行っています。

  • 包括連携協定による活動 

  ノーステック財団、北洋銀行、土木研究所寒地土木研究所、日本ハム株式会社、中央大学、北海道大学、北海道銀行、中小企業基盤整備機構北海道支部、北海道工業大学、北海道中小企業総合支援センターなどと連携協定を結び、それぞれの得意な分野を組み合わせた総合的な研究/技術支援/産業振興などの連携活動を活発に進めてきました。道総研のPR組織のみでは社会との連携が十分ではなく、諸機関との連携活動に大きく助けられて道民のために働く事が出来ています。食のクラスター活動、北海道フード・コンプレックス国際戦略特区の活動にも参加させて頂き、さまざまな活動の場を頂いています。平成23年度のみで、共同研究56件、技術支援連携159件を数えます。

  •  研究職員データベース

 道総研の仕事の基本は、一人一人の研究員が積み重ねてきた研究成果と獲得維持している学問/技術の力量です。強いサッカーチームは、11人の優れたプレイヤーの存在で,初めて総合力の議論が可能です。研究所も同じことで、少し遅くなりましたが、この4月から、ホームページ上に道総研に所属する個々の研究職員の力量をご紹介して、道民から委託されているさまざまな分野の基盤を担う職員を知って頂きたいと思います。このホームページから『研究職員のデーターベース』のバナーをクリックして組織名や個人名から検索を進めてください。http://www.hro.or.jp/rschr/からも呼び出せます。ご遠慮なく関連の研究職員あるいは研究グループにコンタクトしてください。 

  • 研究職員等の採用

  道総研発足の際の定員管理ルールの見直しで、第一期5年を総括したうえで新たな補充計画が作動できることとなり、平成23年度15名、平成24年度14名の研究職員が久々に採用され、不可欠な船舶無線技士の採用も出来て、久々に20代の若い人々が組織に加わることと成りました。専門試験は大学院修士課程修了の能力を求めることし、通常の一般教養と専門の筆記試験に加えて、志望者が自ら製作した研究成果を提出して幹部職員との面接討議の上採否を決めることとしました。学力/研究能力は修士以上を求めますが、学歴は問わないことにしています。

  • 研究拠点の見直し 

  研究活動の総合化/効率化を進めるために研究拠点の廃止/統合(移転)を検討し、さけます・内水面水産試験場道北支場(増毛町)の廃止/転換(平成23年12月)と工業試験場野幌分場の本場移転(平成24年3月)を進めました。それぞれ地域にあって、長い間にわたり貢献を続けてきた組織で、さらに道総研の新たな展開に寄与してほしいと思っています。

新年度(平成24年度)を迎えて

 新しい年度を迎えて、新人を迎え、異動で新しい責任についた人たちを迎えて、道総研の第3年目が始まります。
 北海道民が抱えている諸課題を解決するため、科学技術的な力量を磨き問題解決に取り組んでいくのが道総研の役割です。目先の問題だけでなく、「少し長く、少し広い」視点を常に心がけて、ⅰ)研究者個人の専門家としての力量を常に磨き、ⅱ)研究チームとしての目標をどの課題に定めるかを広く討議して、人々の未来に貢献する努力が求められています。
 平成24年度は早くも法人第1期の折り返し点になります。創立期の課題模索の段階を終えて、一応の成果をまとめる方向へ進み、次の第2期の着手をひそかに心がけることも大事になって来ます。ひたすら量的成長を求めた原形的近代から、人が地球上でどのように収まることが出来るかを模索せざるを得ない共生の時代へと、北海道でも環境制約が強まってくるでしょう。食と水とエネルギーの困難が人類を襲ってくるでしょうが、北海道は水と食についてはまだ比較的余裕が有ります。しかしながら、冬季の熱エネルギー不足に弱い構造を持っており、能力の高い成人労働力の近未来の減衰は急速です。太平洋沿岸メガロポリスの30~40年の成功に乗って、さまざまな要求を合わせて得ることを幻想するような日本人の生活は終わりました。事柄を選び、難しい選択を求められるでしょう。道総研は、調査研究成果の集積を進め、道民から判断の基礎を求められた時に的確に資料提供し、でき得れば、可能な解を例示できるようになりたいと思います。そのためには、研究所同士が研究グループの力を合わせて、分野横断的な研究の芽を育て、組織として総合力を発揮する力量を持ちたいものと思います。まだまだ、働ける領域が限られているのが残念です。

  • 基本構想の策定

 道総研が求められている役割を確かに果たしていくためには、職員それぞれが常日頃から自らの仕事を見つめ直し、みんなで道総研の研究開発の将来を構想していくことが大切と思います。「今後なにを緊要なものとして拾い出して行くべきか」「絶やすことなく積み重ねていくべき研究開発の主題は何か」といった明日の為の職員の検討成果の共有が不可欠です。一期の折り返し点となる平成24年度を迎えて、このような議論を、主体的に組織的にまとめていくことが重要であろうと考えて、基本構想の討議を始めました。自らの考えを自発的にまとめて、道や道民の皆様の検討の資料として頂きたいと考えて、次段階に向けての「提案型」の構想を描きつつあります。

  • 第2期を見据えて

 道総研の職員が一丸となって、基本構想に挙げたような道民に対する寄与が出来るように、個々人の力量の練磨を日々の切磋琢磨によって進め、総合力を高めるための連携と各分野の研究蓄積と新展開を図りたいと思います。論じた基本構想が地について、道民の皆様に評価され支援していただけるかどうかは、研究職員個々の精進とそれを支える職員の日常努力の評価にかかっています。巨大なうねりを見せて変転していく近代の飽和を見る時代に、過去に留まり安住することを公設の試験研究機関に対して寛容に眺めてくれるような文化は社会に残っていないと思います。

 最後になりますが、1,200人の職員が自らの課題を自ら認識、構成して、「己を信じ」「仲間を信じ」「常に常識/非常識を疑い」「昨日に安住せずに」されど「急がず」「あわてず」「出来る事を少しずつ増し」今年度も働き続けていけたらと思います。新渡戸稲造先生が北大に残して行かれた言葉「HASTE NOT, REST NOT」「急がず、されど休まず」(意訳:あわてる乞食は貰いが少ない)を私はモットーに3年目に取り組んで参ります。
今年度もよろしくお願い申し上げます。

 平成24年4月2日
 理事長 工学博士 丹保 憲仁

平成24年新年挨拶(平成24年1月4日)「新年明けましておめでとうございます」

 旧年は3月11日の東日本大震災によって2万人近い方々が大津波で亡くなる又は行方不明になるという未曽有の惨事がわが国を襲いました。東京電力福島第一原子力発電所群の壊滅的な破壊を防止できず、戦後60年以上続いた日本近代の運びに多くの反省と沈思を求められることになりました。ひたすら経済成長を求め続けた戦後の近代化60年の反省です。

 今年は冷静に物事を見つめて、これからの100年をどのように始めるべきかを考えてみたいと思います。環境制約の時代を経て、近代の次に来るであろう共生の時代への準備です。

 大震災に遭うまでもなく、戦後60年以上経った日本では、政治、経済、教育、科学研究、報道、生産、食料供給、家族、社会保障、安全保障などのさまざまな面で、制度疲労と人材不足が目に見える形で問題視されていました。大災害は昭和20年に次ぐ第2の敗戦の様なものです。僅かに、極端な環境破壊が見られなくなったことと、女性の社会進出が少しく進んだことが救いかもしれません。

 われわれの北海道立総合研究機構も創立の3年目をやがて迎えます。1年目は、従来の流れの中で充分に果たし得なかったことを反省し、不具合を出来るだけ修正し、新しい組織に慣れ、道の各部所属の試験所的機関から道民のための総合研究機関への転換を図ってほしいとお願いしました。2年目はそれぞれの立位置を確認して頂きながら、『少し広く』『少し長く』と行動範囲を広げて、『仲間を信じて連帯』し、より安全・健康で豊かな道民生活を構築するための研究を進めて頂きたいとお願いしました。

 今年は、研究所の各研究グループが、「これから10年間どのような仕事をするべきか」「そのための準備と修錬はどのようなものであるべきか」を道立研究所時代からの活動を省みつつ新(修正)提案し、具体に着手してほしいと思います。関連する道の機関、民間の諸活動体、大学研究機関の意見を斟酌しつつ、新年度から一つ一つ活動を立ち上げて行きたいと思います。

出来ない理由を述べる前に、出来る事から始めてください。
”HASTE NOT” “REST NOT” 「急ぐ勿れ、されど 休む勿れ」

 平成24年1月4日
 理事長 工学博士 丹保 憲仁

日本は明治維新後3回目の革新サイクルに入ろうとしている。(平成23年5月26日)

日本近代化「坂の上の雲」サイクル

 大日本帝国が世界屈指の大海軍国となり、陸軍でも巨大国に仲間入りし拡大を続けた末の、大東亜戦争の最大膨張線は短期間ながら、アリューシャン・マーシャル・ソロモン・ビルマ・中国中部・沿海部・旧満州にまで至った。敗戦後に廃墟から復興膨張した日本経済は、巨大な産業技術国家「ジャパン・アズ・No1」と言われつつ世界の隅々にまで優れた製品を送り出し、経済戦争の覇を競い、1980年代の後半から1990年代にかけて、日本の地価総計が米国のそれよりも大きいなどとびっくりする話を平気で新聞が書いたりする経済大国になった。最大膨張期は、あまり長い時間ではなかったが、国のGDPも個人当たりのGDPも確然として世界第2位を誇った。両時期ともに先立つ30年以上の国民の営々とした努力の積み重ねで社会体制と産業構造を調整し蓄積を増してきた結果の大膨張である。戦前は軍事強勢国家としての膨張であり、戦後は平和国家を標榜しつつ、軽武装で経済大国を目指しての膨張である。これらはともにエネルギー・資源・先端技術・統治システムの不十分などで陰をきたした。

戦争を知らない世代の描いたサイクル

 私は軍事教練を受けた戦中の旧制中学の最後の学年である。昭和20年(1945年)中学一年生であった私の祖父は、屯田兵であり日清・日露の両戦争に出ている。話をあまり聞いた記憶はないが、日清・日露戦争は当時すでにそれぞれ50年・40年の前の話である。「坂の上の雲」の時代は、中学生であった私にとってすでに話に聞く歴史であった。現在昭和20年(1945年)に戦争に負けてから既に、65年がたっている。今の子供が太平洋戦争・第二次世界大戦を知らないのは不思議ではない。大学紛争などで戦後の日本がいろいろな意味で曲線を描きだしたのが1960年代の後半から1970年代の初期である。戦後25年を経ている。「坂の上の雲」の主人公たちは、価値観が大転換した明治維新前後生まれの25-30年目の若者が日本近代化の核となって戦った。大学紛争で暴れた学生は、この頃殆ど定年に達しているが、敗戦前後の価値観の大転換期に生まれ、仕切られる掟が不在の中で、大きな同世代の数を頼りに時代を闊歩し、「坂の上の雲」世代の次のサイクルを担ぐ日本近代化の中核的勢力として挙動した。
 大正生まれの先輩は、太平洋戦争では大変な苦労と犠牲を出し、アジアに向き合ってきた挙句の果てに、日本近代化の第一サイクル「坂の上の雲」の幕引きをした世代であろう。昭和一桁の私の年代は、今上陛下と同年代で、敗戦は経験したが、戦闘の現場を殆ど知らない。第二サイクルの日本近代化を戦後経済大国化として担ってきたリーダー達が同世代に多くいるが、数からいえば実務を担ってきたのは敗戦前後の境際に生まれた昭和二桁以後の「ポスト敗戦世代」である。敗戦によって価値観が完全と言ってよいほど揺らぎ、公教育を担う人々が殆ど伝えるべき秩序を失った中で、私が肥大化し、私の利益が組織化されて国の経済発展が個人の益となるであろうと国民多数が認めて、被爆国でありながら米国の核の傘の下での軽武装で、経済の発展に全力を傾倒してきた。
 「坂の上の雲」世代は直前まで刀を腰にさし丁髷を結っていた魂を受け継いで、西欧近代を取り入れた。「ポスト敗戦」世代はすべての価値観が崩壊したように見えても、戦中までの人の振る舞いが基礎にあって、田舎がまだあり、家族、親子の絆はまだ固く、集団で挙動することが無理なくできた。価値観を疑った学生たちの異議申し立ても、今になって見れば「そう思われたくない多くの人がいるであろうが」集団形態の紛争であったように思う。親を看取らねばならぬと自然に思うけれども、子供に看取ってもらうことをあまり期待しない世代であろう。

第三のサイクル「後近代化」が始まっている

 この頃に至って、第二サイクルの近代化の進展が難しくなってきたことに人々が気付き始めた。いくつかの兆候を挙げれば、「200年以上にわたり近代社会を駆動発展させてきた石炭・石油などの化石エネルギーさらに原子力エネルギー源のウラン235も100年とはもたず、水力・太陽輻射・風力・バイオマスなどによる再生可能なエネルギーを開発しても必要量の20-30%くらいがせいぜいであるといったエネルギー問題の緊迫化」「食糧供給が水文大循環型の水資源だけでは増加する地球人口と高級化する食の質への対応が難しくなり、1978年のマルサスの人口論の説く罠(人口増加はいずれは食料の供給可能量を上回るであろう)にはまりつつある。しかも近代の緑の革命をもたらした石油化学の成果としての化学肥料と高度農業機械の駆使が石油枯渇で次第に難しくなると共に、それ以上に、すでに近代大規模農業は循環型の水資源では足りずに、非循環型の深層地下水(化石水など)のかなりの割合を使いきっており、水でさえも持続可能性を失ってしまった」といったことで成長型の近代世界は終わりつつある。
 2050年にはインドとフィリッピンを除くアジアの国全てが日本と同じように少子・高齢化、総人口の減少に突入するという。近代の次の時代への用意を、世界に先駆けて2005年を境に人口が大きく減少することを予想される日本が、世界のリーダーとして、最先進国として、新しい地球人類の生き方を創造することを求められる位置にいると思う。人口を上手にかなり大幅に減らす、マス生産・財貨の大量獲得だけに価値基準をおく近代世界をどう卒業するか、近代の物質的充実をひたすら求めたことの過剰拡大をどの様に止揚して、新しい「ひとの生き方」の価値をどう創造するかが求められている。アダムスミス以来分業が近代的活動の価値を高めてきた。その基盤をなした定型的学部学科型の高等教育は、これからの学生に何をもたらしうるのかを考えることも必要に思う。戦争に負けてすべてに近いものを失ったと思った時に戦後の繁栄がはじまった。日本の失われた10年、さらにはサブプライムローン問題はもっと多くのものを捨てよということを意味しているのではなかろうか。粗放ではいけないが、規定されない思考と行動回路の確保がこれからの若者、教師に必要ではないのであろうか。

転進作戦が一番難しい

 江戸時代の200余年で本州・四国・九州の三つの島で日本の人口は2,000万人から3,000万人に増えた。新田開発とバイオマス利用でグリーンに(太陽エネルギーだけで)生きる成熟文明の最高到達点の人口である。北海道が内地に加わり、いささかの技術的進歩があったとしても、江戸の成熟度から類推して、この日本列島弧にグリーン文明だけで自立的に生存できる人口は4,000万人程度であろうかと愚考する。1900年がその人口に日本が到達した時であり、日清・日露戦争を経て日本は大陸に進出していった。「坂の上の雲」の時代である。
 その結果の大東亜共栄圏の迷夢から覚めた敗戦の1945年、大陸と東南アジア全域から復員・帰国した日本人一億人近くがすべて国内に住むこととなった。世界最大最長の閉鎖的グリーン文明である江戸期の人口を基に考えれば、6,000万人過剰である。ポスト敗戦世代が第二サイクルの大貿易戦争を戦い、世界最大の東京・太平洋沿岸メガロポリスを拠点として日本の最大人口である1億2,500万人を世界第2位のGDPで昭和末期から平成にかけて食べさせた。自立人口としては8,500万人過剰である。内需だけで生きられないこの国の性(さが)である。エネルギーの96%、食料の60%(カロリーベース)、金属材料など殆どの原料を輸入に頼り加工貿易で生きてきた。GDPがこの時代の近代文明の指標である。エネルギー、食糧、原料に地球規模の限界が見えてき、発展途上国が日本の戦後に近い近代化路線上での展開を見せているが、世界の近代化はあらゆる国々で22世紀には飽和に近付き価値を失いだすであろう。
  2100年には日本の人口は7,000万人を割るのではないかという大減少が予想されている。戦もなく、大災害も、大疫病もないのにである。7,000万人でも満州事変を起こして、過剰人口処理のために中国侵略を始めた時の人口と同じである。新しい価値観の創生と輸出交換できる新技術・新社会システム・新文化を自らの手で作り続けない限り、全滅を玉砕と称し、敗退を転身と称した旧日本軍の大本営発表と同じことになる。本当に新しい文明の創生者となり、22世紀の世界人口大過剰時代の好ましい人間活動を導く超先進国になるべく努力をしたいものである。日本国の生きていくための大目標である。

 この小文を書いて2年ほどになる。何が契機になって日本の転換が始まるのだろうかと考えていた矢先、2011年3月11日の東日本大震災が起こり、東北の太平洋沿岸が大災害を受けてしまった。昭和20年の敗戦につぐ、我々の生き方を根本的に変える大きな転機に遭ったと考えざるを得ない。2次大戦で310万人の同胞を失い、近隣諸国民の信頼を一旦失ったことに次ぐ日本人への大打撃である。2次大戦の敗戦国となったが、その過程で世界から植民地は一掃された。成長を神と崇め、学習可能な科学技術による近代文明をひたすら磨いて、基本価値の充足に満足せず、無理な付加価値の獲得にしのぎを削り、資源を多消費し人身を疲れさせるところまで爛熟した戦後の繁栄は、この震災でヒトが良く生きる基本姿勢へ立ち戻って考えることの必要を多くの国民に感じさせたのではないかと思う。

 平成23年5月26日
 理事長 工学博士 丹保 憲仁

 平成23年の新年を迎えて(わが夢、わが思い)(平成23年1月4日)

  『門松や冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし(一休宗純:1394-1481)』

 子供の時(小学校低学年の太平洋戦争が始まる直前のころ)、何かの折に知って面白いなあと思ったこの狂歌がずっと記憶の中にあって、正月を迎えるたびに思い出します。喜寿を越え、本当に正月は冥土の旅の一里塚になったのに、「めでたい、めでたい」と年賀状を出して、行く年を反省し新年の努力を考えるのですから、我ながら本当にお目出度いものであると思います。
 北海道立総合研究機構(道総研)は、いま一年目を始めたばかりです。
 道総研を構成する一番古い研究所は「畜産試験場」(1876年創立)で、135年の歴史を閲し、「農業試験場」、「水産試験場」(ともに1901年創立)や「工業試験場」(1922年創立)は、それぞれ20世紀を生き抜き、100年ほどの歴史を持っています。林産試験場、地質研究所、環境科学研究センター、北方建築総合研究所などは、人に喩えると、40歳から60歳にかけての壮年期にあたり、北海道の新政策の研究所として1992年に工業試験場から独立・創立した「食品加工研究センター」でも20年に近い歴史を持ち、すでに青年期に入りました。それぞれに多様な歴史を担い、歴史から生まれて、評価に値する努力と成果を上げて北海道を支え、北海道の技術と人を育ててきました。
 22の機関が一つとなって新しい歴史を歩み始めた道総研は、一休宗純や今の小生のような心境であるはずもなく、小生が少年期に出会った新しい価値観の面白さを感じた年頃のような状況にあります。
 もちろん未来への展望があってのことであり、持続可能な社会へと繋がっていたいと思います。少なくても研究者、技術者と云われる人の集団は、最小限の収支勘定をもって、身近なことから社会システムに至るまで常日頃から考えて、知見を組み立て世間に発信していく責任があります。
 一人ではできなくとも、内外の仲間で知見を交換することによって、少しは先が読めるようになり、日々の地域サービスも自信を持ってできるようになるでしょう。思い付きだけの研究は、すぐ行き詰まってしまいます。
 道総研の研究所群の知見が、縦割り行政の壁を越えて相互に集積と補完を続けて行くならば、近代の閉塞をこの北海道から開き始められるのでないかと思います。わが道総研の研究者集団が日々確かな目標を考えて、研究に産業支援に、道民の未来のために尽力する事を夢みたいと思います。
 確固たる見通しを共有し日々の生産の場との交流を進めることで、抽象的ではない、地域に足のついた、北海道の新文化・文明が日本を誘導する日が来るでしょう。環境の時代(近代後期:近代が閉塞に向かう時代)から近代の終焉(後近代:近代を超えて、地球上の人々と生物が共生する事を基本価値とする時代:近代を修飾する単なるエコ標榜の時代ではない)への展開を担う大きな集積を我々道総研はすでに部品として持っています。
 今年は、道総研の創業第2年に入りますが、高い志と、日々の錬磨を持って初めて事は動くものだと思っています。道総研のトップとして、「少し広く」「少し長く」事柄を見て、「急がず」「休まず」、「仲間を信じて」「人のせいにせず」に仕事を進めて行きたいと考えています。
 「目は無限の彼方を、足はしっかりと大地を」という言葉を、昔高校を卒業する時、とある賞をいただいた際に文部大臣だった前田多門先生から頂戴しました。私が終生にわたり座右の銘としてきたもので、時代の転換期にこそ大切な言葉であると思っています。夜の明けぬ日暮れはありません。黄昏は黎明にいずれはつながります。「冥土の旅の一里塚」ではない、新時代への北海道の技術者・研究者集団の力の錬磨と集積が期待されて道総研が創られたはずであることを新年にあたり今一度思い起こす必要があると感じています。
 道民の皆様の新しい年のご健勝を祈り、新年のことばといたします。

 平成23年1月4日
 理事長 工学博士 丹保憲仁

道総研創設にあたり(平成22年4月1日)

 北海道民のために各分野で活動を続けてきた22の道立試験研究機関を統合して、新たに地方独立行政法人「北海道立総合研究機構」を創設することとなりました。これまでも、各試験研究機関は北海道が求める様々な分野や地域の研究課題に対応して、真摯な歴史を刻み技術開発・普及などに多くの成果を上げてきました。しかし、複雑化・多様化してくる現代社会の様々な要求に的確かつ迅速に対応していくためには、伝統的な仕組を超えた取り組みが必要です。人と金が限られる中で、多様な要求に的確に対応するためには、組織構成及び運用の総合化・柔軟化と、組織内外の多様な連携が鍵となります。もちろん、個々の研究調査のレベル向上とその持続が基本にあってのことであり、1+1が2よりも大きく、1+1+1が5にも6にもなることが期待されての統合です。道立でありながら、官の仕組みを超える仕事が出来る研究法人でなければなりません。

 今、世界人口は人類史上最高速度で増加しつつあります。世界は18世紀にはじまる近代化の200年をへて、近代文明が成熟飽和しつつある高いGDPを示す先進地域と、近代化による進歩が今なお有効で人口・所得が急増しつつある発展途上国に2分化し、その両者を包む人類活動の全地球化(グローバリゼーション)が急速に展開しつつあります。急速な人口増加により、1970年代までに存在したすべての人類の総計よりも実在の人間数の方が多いという恐るべき人類史の状況に至っています。

 地球は、すべての現存または未来の人類に、近代200年の大成長を支えたと同じエネルギー・水・食物を与え続けるには小さすぎます。大成長を可能にした非再生資源(化石燃料・ウラン・リン・深層地下水など)の枯渇は目前に迫り100年は持ちそうもありません。近代後期を特徴付ける環境・資源制約時代の到来です。22世紀には地球人類は量的成長を止め、すべての領域で成熟を目指し、近代文明は後近代の新しい秩序に席を譲らざるを得ないでしょう。世界人口100億人時代の到来です。

 日本は近代前期の後半に急速な近代化を進め大成長しましたが、列島孤で自立的に生きることを歴史的に放棄して、世界にエネルギーと食を求め、その原資を生み出す巨大な製造業を太平洋メガロポリスに展開して集積度を増し、輸出を拡大してきました。

 日本列島弧の中で北海道だけが唯一日本近代化の中で現在でも食糧・水の自立性を持つ地域です。日本の周縁部北海道は、石炭というかつての存在意義の中核であった資源は失ったけれども、面積8.3万km2、人口560万人の住む、ヨーロッパ中規模国家なみの、食/住/森のバランスの良い、教育の整った、余裕を持って近代後期の成熟社会に向かって自立的な展開を進めうる地域です。不安は昔と逆に、エネルギー供給です。北海道の産業技術と生活文化の次の時代への自立的展開に向けて、創設された北海道総合研究機構の推進すべき課題は多く、前途は遼遠です。道民の皆様のご支援、ご鞭撻をお願い申し上げます。

 平成22年4月1日
 理事長 工学博士 丹保憲仁

 


主な経歴(略歴はこちらH25.6.27現在.pdf

1957年3月 北海道大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了
      4月 北海道大学工学部衛生工学科講師
1958年4月 北海道大学工学部衛生工学科助教授  
1962年9月 米国フロリダ大学化学科研究員  
1969年4月 北海道大学工学部衛生工学科教授  
1993年4月 北海道大学工学部長  
1995年5月 北海道大学総長(~2001年4月)  
2001年5月 放送大学長(~2007年4月)
2007年4月 北海道開拓記念館館長(~2010年3月)